ミャンマー人と日本人、タイ暮らし🇲🇲🇯🇵

タイに住んでいる日本人妻×ミャンマー人夫の国際結婚夫婦です🇹🇭

クーデターが起きたとき何してた?

ミャンマー人の彼氏と国際遠距離恋愛中のなーこです🇲🇲🇯🇵

 

今年の2月1日以降、クーデターの話題無くしてはミャンマーを語れなくなってしまいました。

言うまでもなく私たちの生活もクーデターによって大きく変えられてしまいました。

 

と言うわけで、今日はクーデターが起きたときのことについて書いていきたいと思います。

 

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Photo by Pyae Sone Htun on Unsplash

 

1月31日(クーデター前日)

なーこはどこで何してた?🇯🇵

クーデター前日(と言ってもそのときは次の日クーデターが起こるだなんて知る由もないのですが)、私は大学の友達と2ヶ月ぶりに会っていました。

お昼に韓国料理を食べて、お気に入りのコーヒー屋さんに行って、積もる話をたくさんして。

 

その後私は医療脱毛に行きました。

その日が初回で一括で料金を払ったのですが、次の日クーデターが起こるって分かってたら絶対払ってなかったな〜。

結構大きな金額だったし。

一年後を目処にミャンマーでこんちゃんとの生活をスタートしようと計画していたので、それまでに自分磨きがんばっとこうって思ってたんですよね。

 

夜は幼馴染とこれまた数ヶ月ぶりに会って、夕飯にネパールカレーを食べて、食べながらこんちゃんとビデオ通話したりして。

 

本当になんてことない日常の一コマでした。

 

こんちゃんはどこで何してた?🇲🇲

この日こんちゃんは朝からニキビの治療のために皮膚科に行っていました。

 

昼からは物件巡り。

少々気が早いような気もするけど、一年後私が引っ越してくるのに備えていろんな物件を見ておきたいんだと言って、毎週末のように不動産屋で働いている幼馴染に案内されながらヤンゴン中の手頃な物件を見学に行っていました。

彼の職場の同僚も毎回物件巡りに付き合ってくれてたなあ。

物件に着いたらいつもビデオ通話を繋いでくれていたのですが、この日もそうでした。

ビデオ越しに家を見て、この部屋数だと少し足りないかもねとか、この物件はエレベーターついてるから長い目で見ても便利だしいいんじゃない?とか、そんな話をしながら。

 

夜は物件を見るのに付き合ってくれた友達と一緒に不動産屋の幼馴染の家でご飯を食べていました。

相当話が弾んだらしく、帰るって言ってた時間になってもなかなか帰ってこないし連絡しても返信ないし電話しても繋がらないし、ようやくこんちゃんが家に帰ってきたときには私はぷんぷん😤で、ちょっと喧嘩してしまいました。すぐ仲直りしたけど。

 

二人で当たり前にミャンマーで暮らす未来がくると信じて疑わなかった。

次の日クーデターが起こるなんて知る由もなかったから。

 

2月1日(クーデター勃発)

私はdocomoを使っているのですが、午前8時頃、docomoのマイマガジンからの「アウンサンスーチー拘束」という見出しの通知で飛び起きました。嫌な予感しかしない。

とにかく情報が必要なのでTwitterアウンサンスーチーミャンマー関係の情報を集めましたが、日本語での情報はあまりに少なく、わずかにある英語の情報もあまり確かなものではなさそうでした。

 

午前9時30分、こんちゃんにモーニングコールをしました。

こんちゃんはスマホをナイトモードにして寝るのでLINEの電話だと通知がいかないことが多く、私はいつも国際通話をワン切りしていたのですが、なぜかこの日は電話がかけられなかったんです。

番号は合ってるのに、発信を押しても何も音がしない。無音。

仕方がないから何度かLINEにかけたら起きました。

寝起きのこんちゃんにアウンサンスーチーが拘束されたかもしれないと伝えると、彼はSNSで色々調べてくる、またかけ直す、と言って電話を切りました。

 

午前10時、こんちゃんから電話がかかってきました。

テレビが映らないこと、ネットの回線が切られていること、電話も回線が遮断されていることがわかりました。

モバイルデータは使えないけどWiFiはかろうじて使える状態だったようです。

こんちゃんはこの先デモが始まる気がする。人も死ぬだろうと言いました。

その日は月曜日。平日なので彼は仕事があります。

外に出たら何が待ち受けているかわからない、連絡だって取れるかわからない、それでも彼は部下たちが不安だろうからと仕事に出かけていきました。

万が一WiFiも使えなくなったときのことも考えて、お互いの住所を交換しました。

何度も大好きだよって伝えて、彼を送り出しました。

 

なーこはどこで何した?🇯🇵

こんちゃんを送り出したあとはそれはもう不安でたまらなかったけど、この日は私の学生生活最後の授業の日でもありました。

 

ゼミの友達とみんなで早めのお昼ご飯を食べているとき、docomoのマイマガジンからまた通知がきました。ミャンマー軍が臨時政府を樹立した、と。

 

午後は正直泣いていたことしか覚えていません。

ゼミのみんなも先生もいたけどそんなの気にしてられる心の余裕なんてあるわけなくて。

がんばって心を他のことに向けようと友達と写真を撮ったり大好きなコーヒーを飲んだりしたのに、私の心はミャンマーのことでいっぱいでした。

 

こんちゃんはどこで何してた?🇲🇲

朝私と電話したあと仕事に向かったこんちゃんですが、職場までの道中あちこちでたくさんの兵士や戦車を見たそうです。

 

当面のことを決めるため、職場では会議がありました。

彼の仕事は特にネット環境が必須のもの。

この時点で72時間以内のWiFi遮断との噂もあったので、この先のことを職場で話し合っておくのは必須でした。

 

突然のクーデターで銀行は閉まってしまいました。

普段キャッシュレスの生活をしているこんちゃんは手元に現金がほとんどありません。

家に備蓄している食べ物で一週間は保つけど、その先銀行が開かなかったらどう食い繋いだらいいんだろう、不安だらけでした。

 

午後、テレビがまた映るようになりましたが、そこにあるのはかつての軍事政権下のミャンマーを彷彿とさせるものでした。

映るのは軍のプロパガンダのみ。ドラマやCMもありません。

 

その日の夜のこと

いつも通り夜はビデオ通話をしたけど、夜寝てる間にネットが繋がらなくなっちゃうんじゃないか、もしかしたらこれが最後の会話になってしまうんじゃないか、そう思うと不安でなかなか寝つけませんでした。

30分おきにLINEを送り合っていました。

 

たった一日でこんなにも世界が変わってしまうのかと驚きました。

 

 

 

そんな私たちの生きる世界を揺るがすような出来事からもう7ヶ月が経とうとしています。

いまだにたくさんの人が不当に拘束され、たくさんの人の命が奪われています。

 

二人でミャンマーで暮らす私たちの人生設計も少し修正が必要になってしまいましたが、ミャンマーに一日も早く平和が訪れるように願ってやみません。

 

というわけで、このブログでも時々クーデター関連の話題にも触れると思います🙆‍♀️

私のブログがみなさんがミャンマーに関心を持つきっかけになれば嬉しいです😊