こんにちは!
今年はブログ頑張ろうと思っていたのですが、気づけば一月も下旬ですね😅😅
簿記やらタイ語やら自己研鑽が忙しすぎて、全然ブログのためにまとまった時間を取れずにいました。
さてさて、12月にこちらの記事でクーデター後、私たちがどこで落ち着くかの候補が4ヶ国(日本・タイ・アメリカ・カナダ)あったと書きましたが、最終的に私たちが移住先に選んだのはタイでした。
今回はどうしてタイなのかについて書いていきます🖋
本当はカナダに行きたかった
いきなり「え?」って感じですけど、私たち本当はカナダを目指していたんです。
私たちの計画はこうでした。
- こんちゃんが2021年8月からモントリオールのカレッジに行く
- 私も2022年の5月からモントリオールのカレッジに行く
- こんちゃんと私が卒業したらトロントに移ってPGWP(Post Graduate Work Permit)で働く
- 数年働いてPR(永住権)申請し、カナダに永住
そして実際カナダに行くために動き始めていました。
こんちゃんミャンマー脱出まで
私たちがカナダ行きを決意したのは確か4月のこと。この頃こんちゃんは軍の弾圧が強まるヤンゴンから逃れるため、家族でミャンマー北西部の地方に避難していました。
日中辛うじて繋がらないこともない、でもいつ切れるかわからない心許ないネット環境で、こんちゃんは自分がやりたいメディア関係の勉強をできるカレッジをどうにか見つけました。
あえて名前は出しませんが、彼が選んだカレッジはとても理解があり良心的でした。本当はTOEFLやIELTSのスコアが必要なんですが、ミャンマーの状況を理解してくれて代替措置を取らせてくれました。
ミャンマー脱出が決まったのは5月ごろ、そして実際脱出したのは6月のことですが、その頃にはカナダの就学許可証取得の手続きまで始めていたので、脱出先のタイにはほんの数ヶ月だけ滞在して、ビザが取れ次第カナダに行くことになっていました。
ビザが取れない
私たちが行き先に選んだモントリオールのあるケベック州はフランス語圏で、かつて分離独立の住民投票が行われたほどにカナダの他の土地とは違います。だから普通のカナダ留学ならカナダからの就学許可証だけで済むのですが、ケベック州内に留学に行く場合にはケベック州からの就学許可証が必要です。
私たちは就学許可証が二重で必要だということを最初知らなかったので少々手間取ってしまったのですが、なんとか新学期が始まるのにギリギリ間に合うか間に合わないかの時期にこんちゃんは就学許可証を揃えることができました。
問題はその次です。
学生ビザを申請したのですが、却下されたんです!!
却下される際には入管(?)から却下の理由が長々と書いてあるメールが来るのですが、それを読んでもどうも腑に落ちず。再申請するもほとんど同じ理由で却下されました。
そのときの私の状況
さてこんちゃんのビザが却下されたその頃、私の渡加の支度も進んでいました。
具体的には、モントリオールのカレッジに出願して、必要書類の提出も半分以上済んでいました。
私が入学するつもりだったカレッジは日本人のスタッフの方がいて、メールのやりとりも日本語でできたのでとてもストレスフリーで、もしまたいつかカナダに行ける日が来るならそこで勉強したいなと思うくらい本当にそこで勉強したかった🥺🇨🇦
ちなみにカナダカレッジという大学です。日本語でやりとりできるということ、勉強できる内容、授業料、PGWP、などなどさまざまな点でおすすめです(行ってないけど)
こんちゃんの決断「タイに残る」
そんなこんなでカナダ行きを断念した私たち、その時点ですでに10月でした。
今からどこか他の国を目指すとしても、いったいどこへ?私もこんちゃんも大学にアプライしたりビザを申請したりですでに結構な金額を注ぎ込んでいました。今度他の国を目指したとして、日本人の私はともかくミャンマー人のこんちゃんがビザを取れる確証なんてありません。
避けなければならないのは、下手に第三国を目指してビザが取れず、挙句にミャンマーに送還されてしまうこと。実際にそんなことになるのか分かりませんがミャンマーへの送還は命に関わることなので、少しでもリスクがあればそれは避けるべきです。
となると私たちに残った選択肢は、今いるタイに残るの一択。
私の葛藤
過去に二年近くタイに住んでいた私ですが、正直タイにまた戻る日がくるなんて全く想像もしていませんでした。多分当時大学にいた日本人の中でも私がダントツでタイに戻らなさそうな人ナンバーワンだと思う、それぐらい本当に想定外でした。
ではなぜタイに戻りたくなかったか。
それはつらかった出来事、寂しかった日々、悲しかった思い出、それら全てをタイに葬ってきていたからです。タイにいた二年は楽しい思い出が沢山♪なんて決して言えないような日々でした。わざわざそんな場所に戻るなんて、誰だって嫌でしょう。
あと、こんちゃんの元カノがタイにいるっていうのも嫌な理由の一つでした。
街でたまたま出会ったらどうすんのよ!!同じ空気吸うとか耐えられない👊👊👊
ってね、私ももともと立派なメンヘラなので、こういうネガティブ思考が始まるととことん落ちるとこまで落ちます。二人でタイで暮らしたとして、どこに行っても「あ〜ここ元カノと来たんだろうな」とか考えたら病むでしょ、誰だって😭🤮🤮
私たちの間で最初にタイに落ち着くのが話に上がって以来、タイにまだ行くのが嫌で嫌でたまりませんでした。でもタイに落ち着くのがおそらく最善なんだろうというのもよくわかっていました。
そんな私がどうやってこの葛藤を乗り越えたかというと、自分の不安要素・不満要素を一つずつ解消していきました。
例えば、タイでの嫌な思い出のほとんどが友達がいなくて寂しかった、孤独だったことに関連しているのですが、裏を返すとタイにいた頃は社交的でない分勉強に専念することができて、その結果得た好成績のおかげで日本の大学に編入することができた、と考えるようにしました。そうすると過去の自分の行動や選択を正当化することができ、過去の自分を受け入れる・受け止めることができるようになりました。
また、こんちゃんの元カノについていうと、EXに嫉妬しているのが私だけじゃないと知ってだいぶ心が楽になりました。私がこんちゃんの元カノが嫌なのと同じくらいこんちゃんも私の元彼が嫌で、そうなるとなんか「お互い様だな〜」みたいな気持ちになれたんです😅
まとめ
こうやって私がタイ行きをなんとか受け入れる心の準備ができてきたのが9月末のこと。正直この頃すでにカナダ行きの雲行きはめちゃくちゃ怪しかったので、きっと私たちタイに落ち着くことになるんだろうな〜っていうのは察しがついていました。
私の心の準備ができたタイミングでのカナダビザ却下だったのは不幸中の幸いかなと、後になって思います。